出雲地域(旧市内)の水道の歴史

わたしたちの住む出雲市は、平成17年(2005 年)に旧出雲市と平田市、佐田町、 多伎町、湖陵町、大社町が合併誕生し、さらに平成23 年(2011 年)に 斐川町を合併して現在の姿になりました。

合併したそれぞれの地域には、いろいろな歴史をもつ水道がありますが、ここでは 来原浄水場のある出雲地域の水道のはじまりについて説明します。

出雲地域にまだ水道がないころ、中心部の今市町などでは、井戸をほってもあまりよい水が出ないことが多く、飲んだり生活に使う水に苦 労していました。1687 年 に大梶七兵衛翁が斐伊川から水を引く高瀬川を開通させると、この水を簡単なろ過をして台所に引いたり、川のそばに井戸をほって飲み水にしたりしていました。

しかし、商工業が発展し、人口が増ふえるにしたがって高瀬川がよごれ、伝染病が発生するようになりました。そのため、大正4年(1915 年)ごろ今市町の人たちが水道を計画し、大正6年(1917 年)に現在の来原浄水場(水源地)から今市町まで木の管で水を引く工事をはじめ、大正7年(1918 年)の12 月に水が出るようになりました。

その後、水道の会社がつくられ、今市、大津のほか四絡、塩冶地区などにも区域を ひろげ水を送っていましたが、昭和33年(1958年)に旧出雲市に経営をうつしました。 出雲市営水道となってからは、さらに市内のほかの地区にも水を送るよう区域をひろげていきました。

今では、出雲地域すべての地区に水道があり、ほとんどの家庭で水道が使えるようになっています。

1